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頑固一徹の終り方

先週末は、義兄の葬儀に参列してきました。

12人兄弟(三男九女)の次女である姉の夫ですので、行年84歳でした。

ご家族から義兄の最期の様子をききました。

その様子は、彼の頑固一徹の締めくくりともいえるものでした。

大正の終わりに生まれ、昭和、平成と信念を持って進んで来たその人生。身一つゼロからのスタートで、会社を立ち上げ、試練を乗り越え、やがては地元でも信頼される会社のひとつとなりました。仕事の業界や地域の世話役もつとめてきました。

三人の子供達からも尊敬され愛される父親でした。

我夫にとっても兄とは呼んでも、半分は父のような人でした。

大正と昭和初期の教育で育った彼は、亭主関白、ワンマン、頑固オヤジのモデルのような人でした。そして、その終り方も・・・

昨年の夏、体の不調を感じた義兄は、一人でかかりつけの病院に行きました。そこで肺ガンであることをしりました。

そして、残された時間を自分の人生の終り方を、家族にも告げずに1人で決断したのです。家族に知られぬように痛み止めを飲んでいたそうです。

お医者様の強い忠告もあり、家族はこの悲しい現実を知る事になりました。今年の一月末のことでした。家族の説得にも揺るがず、彼は延命のための治療を拒否しました。家族も認めざるをえず、そのまま見守る日々となりました。

自分で決めたこととはいえ、義兄は最期まで『痛い』という泣き言は、一度も言わなかったそうです。

痛みに耐える父の姿を見守り続けた息子の『オヤジ、もう充分がんばったんでないか?もういいだろ?』という言葉に促され入院し、その3週間後帰らぬ人となりました。

自分の人生の終り方を、自分で決めた義兄の遺した言葉は・・・

「兄弟は絶対仲良く」、「母さんを頼む」・・・だったそうです。

弱った義兄の姿に会っていない私達は、遺影を見ても亡骸に会ってもなかなか実感できませんでした。

お通夜の夜、親戚だけとなり、お互い久し振りの会話もはずむようになった頃・・・何かがたりない、何か淋しいのです・・・義兄の声が聞こえなかったのです。

こういう時には、いつも回りに気を配る義兄の頼もしい声があったのです。

「兄さん、ほんとに逝っちゃったんだねー」夫としみじみ話した夜でした。

Haru_3

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Comments

涙・・・

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

私もできればお義兄様のような終わり方をしたいものです。

きっと空から見守ってくださっていますね。

Posted by: ぶんぶん | 05/08/2008 at 12:06

ぶんぶんさん ありがとうございます

>私もできればお義兄様のような終わり方をしたいものです。

ほんとうにそう思います
すごい人でした(^^)

Posted by: yoshi | 05/08/2008 at 23:09

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