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2005/03/24

父が遺したもの

葬儀から1週間・・・

奥さんである友や、子供さん達と話すうちに
亡くなった御主人がなんだか羨ましくも感じてきました。
もちろん、家族ですから別れはつらいに決まってます。
孫達の成長も楽しみに、長生きしてもらいたかったことでしょうが・・・

magomagosiawasenotoki亡くなった御主人は、終戦の年に樺太に生まれました。
一家は北海道の留萌に引き上げ、暮らしはらくではなく、子供時代からずいぶん苦労されたようです。
成長した彼は今の会社に入社し、定時制の工業高校を働きながら卒業されたそうです。
社内結婚し3人の子供も生まれました。長い間単身赴任生活もしましたが、無事定年を迎えるまで勤めてきたのです。
息子さん二人はすでに結婚し、昨年はそれぞれに元気な孫も誕生しました。
娘さんの結婚式も無事終了して、親としては一区切り・・・

彼女は、話してくれました。
 「主人を迎えに行ってほんとうに良かったと思ってる・・・
 会社の方達から、主人がどんなに一所懸命仕事をしてきたか・・・
 とくに最後の仕事になった工場の方達からは
 目標も達成できて満足していたことも聞いていてきたの・・
 いきいきと働いていた主人の姿が見えたの・・・
 いいかげんなことが嫌いで、頑固で・・・
 喧嘩っぱやいとこもあったから、
 振り返ると面白い話がいろいろあるんだよ・・・
 でもね、優しくて頼りがいがある人だった・・・
 14年以上も単身赴任だったけど、
 子供達はそんな父親でも本当に尊敬してるんだよ、
 むこうの部屋にね、娘からの手紙が束にしてとってあった・・・
 一緒に行った長男とね、パパは幸せなのかも知れないね
 満足の心境で、仲間と楽しいお酒を飲み
 大好きなサウナの中で、苦しむことなく逝っちゃったんだものって話したの・・・
 あの人はこれで良かったのかもしれない・・・
 本当にそう思えてきてるの・・・
 この先は年も取らないままで、子供達の中に生き続けて・・・
 パパー、かっこよすぎるんじゃないの?なんてね・・・・(微笑)」 

確かにそうかもしれません・・・
そして家族がそう信じることが、
更に御主人の人生を幸せなものにするのかもしれません・・・

『わたしねー、本当に主人が大好きだったの・・・』
微笑みながらそう言った友は綺麗でした。

外見には似合わず(ごめんなさい)御主人は奥さんによく花を贈っていました。
奥さんの初舞台(市民文化祭のジャズダンスのステージ)のときには楽屋に届いたんです。
そのときの彼女のうれしそうな顔とすばらしい黄色のバラの花束が忘れられません。

kiirobara
父親のことが大好きな母親と
そういう妻を愛しむ夫がいたから
この幸せ家族は成り立っていた・・・

もちろん順風満帆な日々ばかりではなく、
子育てですから、いろいろな事がおこりました
(私が知っている範囲だけでも・・・)
でも、
家族と長い間離れて働く父親が、
こんなにも子供達から尊敬され愛されている・・・
それは、こんな母親がいたからに違いない私はそう思いました。

友の幸せな晩年を心から祈りつつ・・・

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