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2004/09/29

Yukiさんへ、そして友へ

先月の私の記事に、コメントをいただきました Yukiさん。
返信のコメントが遅くなってしまい、とても申し訳なく思っています。
ご承知と思いますが、何かと雑事に追われる毎日を送っておりますもので・・・
というのもただの言い訳ではないのですが、お若いあなたに与えられた試練を思うと、お返しする言葉が思いつきませんでした。
今もその気持ちに変わりはありません、でも私の記事があなたのお目にとまったのも何かのご縁かと思い、コメントではなくYukiさんへの手紙にさせていただきます。(メールという方法がとれませんでしたので、公開で失礼します)

お体の調子はいかがでしょう・・・
私の友人がそうであったように、今あなたは私などの思いが及ばない程の愛に包まれた日々をお過ごしのことと推察いたします。

あなたのご様子は知るすべもありませんので、もしかすると的外れな話になるかもしれませんが私の友人のことを少し書かせて頂きます。
逝ってしまった私の友人、Yさんのことを思い出すうちに、辿り着いたひとつの思いがあります。それはYさんは『ハリネズミ』だったということです。Yさんはその環境(子供の頃の家庭)からハリネズミになってしまったのでしょう。この年になって私なりに理解できたことです。
Yさんは自分に向けられる友情も愛情も心底信じることがなかったように思いました、それでいて人一倍愛を求めていたように思えるのです。それはご主人やその家族に対しても同様でした。今手の中にある幸せに気づき、大切にしてほしい。その鎧を脱いでもらいたいと私はいつも思っていました。そして彼女のそういう部分に気がつかないそぶりをしつつその付き合いには細心の注意をしていました。なぜそこまでする必要があったのか・・・それは彼女の子供の頃の寂しさや子供として感じた大人の理不尽さが、私と全く同じとはいえませんがわかり合える思いがあったからです。だから知らん顔ができなかったのです。心を100%変えることはできないかもしれない、いえそんなことは出来ないでしょう。「でも心の向きをちょっと変えてみるだけで自分がずいぶんと楽になるみたいよ・・・そうなることで周りの人も幸せに出来るんじゃないかと私も頑張っているのよ・・・」と伝えたかった、わかってほしかったのです。
今思えば、彼女にとっては余計なお世話ですよね『誰が頼んだ?』と言われたかもしれません。今風に言えば『ウザイ』ってとこかな?(^^)
もちろん、楽しいこともたくさんありました、一緒にいろいろと楽しみました、本当に仲良くしてました・・・でも、彼女は近ずき過ぎた私を拒否しました。そのハリをつかって拒絶されました。私にはそれ以上どうかできる程の力も技もありません、それで離れることになりました。
(思い返すと彼女のハリでは随分痛手を負いました、自業自得かも知れませんがね(^^)・・・今となっては全て思い出の中です。)

そんな彼女に神様はなんという試練を与えたのでしょう、悲しすぎると私は思いました。
しかし日が過ぎ私に伝わってきた彼女の様子で私の考えは少しずつ変わってきました。
彼女にとってこのつらい病気は神様からの愛のプレゼントだったのかもしれない。
最期の一年程、彼女は幸せそうだったそうです。
『私変わったの、周りの人をもっと大事にする、これからは家族を大切にすることにしたの・・・』と言っていたそうです。
この話を共通の知人から聞いたとき、私は胸の中が暖かくなってきました。(Yさん、よかったねー)と心から思いました。

『与えられているものに感謝の心がないと今その手にあるものも失うことになるんだね・・・感謝の心がないと・・・』こうおっしゃる人もいます。そういう考えもあるでしょう、いえそのとおりだと思います。でもこれは幸せな人が自分へ戒めとして思うべきことだと思います。他人の試練に言うべき言葉ではないのではと思いました。

冷たい間柄といっていたご主人からも、家を出てしまった一人娘さんからも、彼女が敵のように感じていたお舅さんお姑さん小姑さん達からも惜しみない愛を感じ、それを素直に受け入れ、信じ・・・そのハリは溶けてしまったのでしょう・・・。そうでなければ彼女の口からそんなうれしい言葉が聞けたとは思えません。そう思ったとき私は神様の仕業にちがいないと思いました。
彼女の人生が短すぎると悲しんだ私ですが、新たに人生は長さでは測れないのかもしれないとも思いはじめています。
神様のプログラムを信じて生きるしかできない私達なのだと改めて考えてしまいました。

あっ言っときますが、別に何かの宗教や特定の神を指しているわけではありませんので念のため、私のいう神様は自分の力の及ばない思いがけない出来事や運命の単なる呼び名であり、試練のときにはそれを受け入れ自分を奮い立たせる手段であり、幸せを感じたときには感謝する対象といったものです。私の神様はどんな顔でもかまわないのです。(^^)

Yukiさん、今のあなたにすべき話だったのかどうか全く自信が」ありません。
あなたにかこつけて、私が一人の友人への思いを吐露しただけかもしれませんね。

あなたのコメントには前向きな思いが感じられ、私は心から尊敬するばかりです。
あなたが愛に満たされた毎日を送られますよう、私は力いっぱい祈ります。

こんなこと書いている今の私だって、明日という日の保証を持っているわけじゃないので『あなたの幸せ祈りますなんて』カッコつけてる立場じゃないかも  (^^)/~

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